「主婦定年」という言葉を考えながら、ブログを書いてきた。
家事を辞めるということなのか。
主婦という役割から卒業するということなのか。
最初から明確な答えがあったわけではない。
でも、いろいろなことを書き、
日々の出来事を振り返るうちに、
自分の考え方も少しずつ
変わってきたことに気づいた。
今回は、そんな今の自分が
思うことを書いてみたい。
昔の私は、正しいと思うことを伝えたかった
以前の私は、相手の言うことに
納得できないと、
「それはおかしいんじゃない?」
と思うことがよくあったし、
それを時折口にしていた。
まぁ、バトルっぽいことにも笑
自分では、「ザ・正論」を
伝えているつもりだったし、
相手にとっても、
「良かれ」と思っていた。
でも、今になって思う。
自分にとっての「良かれ」が、
相手にとっても「良かれ」とは限らない。
相手には相手の考え方がある。
自分とは違う価値観で
生きているんだもんね、
よくよく考えてみれば。
それなのに。
こちらが正しいと思うことを伝え、
相手にも分かってもらおうとする。
それは本当に必要なことだったのだろうか。
もちろん、今でも自分が大切だと
思うことはあるし、
必要なときには意見も言う。
ただ、何もかも正そうと
しなくてもいいのではないかと
思うようになった。
すべてを受け止めなくてもいい
人と付き合っていれば、
ささいな言葉にイラッとや
モヤッとすることがある。
「なんでそんな言い方をするんだろう」
「どうしてそういう考え方になるんだろう」
以前なら、そんなことを
ご丁寧にいちいち
拾っていたかもしれない。
でも、今は少し違う。
ああ、この人はこういう考え方なんだな。
そう思って、必要以上に受け取らない。
多分こうなんじゃないかなぁと。。。
相手の言葉の背景が見えることもある。
どうしてそういう言い方をするのか、
何となく想像できることもある。
だからといって、
いちいち本人に指摘したり、
こちらの推測が正しいか
答え合わせをしたりする必要はない。
理解することと、共感することは違う。
相手の考え方を理解できても、
同じ気持ちになる必要はないし、
その考え方に賛成する必要もない。
そして、すべての言葉に反応しなくてもいい。
「ああ、そうなんだ」
「そういう考え方もあるんだね」
そんなふうに受け流せるように
なっただけでも、
身軽な気持ちになった。
目指したいのは、凪のような暮らし
これからの自分は、
できるだけ凪のように暮らしていきたい。
おだやかに、というところかな。
もちろん、人生だから小さな波は来る。
思いどおりにいかないこともあるし、
腹が立つことだってある。
でも、そのたびに
それらをいちいち
大きな波にしてしまわなくてもいい。
今の自分にとって、本当に大切なことなのか。
自分の生活や健康に関わることなのか。
それとも、気にはなるけれど、
わざわざ反応しなくてもいいことなのか。
少し立ち止まって考えてみる。
全部を解決しようとしなくてもいいし、
誰かに分かってもらおうと
頑張り続けなくてもいい。
自分が関わりたいことには関わる。
そうでないことには、
必要以上に関わらない。
私にとっては、
そのくらいの距離感が
ちょうどいいのかもしれない。
誰とでも同じ距離で付き合わなくていい
家族との関係も、以前とは少し変わってきた。
息子とは、あまり気遣いなく話せる。
(向こうからほとんど連絡は来ないから、
というのもあるけど)
娘との関係は、最近を振り返ると
以前とは少しだけ、
違うものになってきたと感じている。
家族だからといって、
誰とでも同じように
接するなんて、できなくてもいい。
自然に話せる人とは、穏やかに話せばいい。
何かを話しても分かり合えないと
感じる相手とは、
無理に分かり合おうとしなくてもいい。
そして、自分が大切にしたい人との時間は
きちんと大切にする。
今の私には自然に感じられる。
「主婦定年」は、何かを一度に辞めることではないのかもしれない
「主婦定年」という言葉を考えながら、
ここまで書いてきた。
今の私が思う主婦定年は、
ある日突然、主婦という役割を
辞めることではないのかもしれない。
- 人の機嫌を必要以上に気にすること。
- 自分が何とかしなければと思い込むこと。
- 相手に分かってもらおうと、いつまでも説明し続けること。
そういうものを、手放していく。
その一方で、自分のやりたいことは大切にする。
旅行にも行きたい。
新しいことも勉強したい。
誰かの役に立てることも増やしていきたい。
家族との時間も楽しみたいし、
自分ひとりの時間も大切にしたい。
何かを我慢することばかりが、
主婦としての役割ではないはず。
今の自分が心地よいと思える暮らし方を、
選び直す時期なのかもしれない。
